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街並み Vol.35  
マンション問題とまちづくり 目次



マンション建替えと合意形成
田村誠邦
■ 建替え事例「麻布パインクレスト」と「同潤会江戸川アパートメント」を事例に

 今日は、同潤会江戸川アパートメントと、麻布パインクレストという2つの事例を通して、「建替え決議によるマンション建替え」について話をしたいと思います。
 現在のマンションストックは約400万戸あり、10年後には、築30年以上の老朽化マンションが100万戸を超えるといわれています。これに対して、平成13年11月時点で、老朽化マンションの建替え事例は、69棟にとどまっています。また、これまでの老朽化に伴うマンション建替えの大半は、全員合意による建替えで、区分所有法62条に定められた建替え決議による建替えの実施例はありません。ある意味で、条件のいい建替えだけが全員合意という形で実施されたものと考えられます。しかし、今後は、建替え条件の悪化が予想される中で、全員合意以外の建替え手法を実現化していくことが必要となります。
 こうした観点から、最近の「マンションの建替えの円滑化等に関する法律」(以下、「円滑化法」)の制定や、区分所有法の改正が実施されたものと考えられます。まず、円滑化法ですが、これは一言で言うと区分所有法62条に定められていた建替え決議の後の建替え実施の手順を法的に整理して、全員合意が得られない場合のマンション建替えを支援しようとしたものです。その場合の建替えの事業主体として、「マンション建替え組合」を法的に位置づけ、その運営や意思決定ルールを明確にしました。また、区分所有法の改正の最大のポイントは、建替え決議の要件を、4/5以上という多数決要件に一本化したことです。
急増する「老朽化したマンションストック」

■ 「同潤会江戸川アパートメント」

 それでは、実際の建替え事例の話に入ることにします。まず、一つは「同潤会江戸川アパートメント」です。これは昭和9年に建てられた同潤会最後のアパートメントで、当時の技術の粋を集めて、完成時は「東洋一」と謳われ、多くの知識人、著名人がお住まいになっていたそうです。しかし、昭和40年代半ばに、一号館の建物の一部が傾いてしまい、それ以来30年余り、建替えについて様々な検討が行われてきました。
 私が、組合理事会のアドバイザーとして江戸川アパートメントの建替えにかかわるようになったのは平成10年からですが、当時は、南側の隣接地を含む敷地で、建物の一部保存を図りながら、組合主導で、全員合意での建替えを模索していました。
 しかし、200名近い区分所有者の全員合意を得る見通しは立たず、一方で、築70年近くなり、建物の老朽化はますます進行する中で、いよいよ建替えを急がざるを得ない状況になっていました。

■建替え決議
 そこで、平成12年末ごろから、これまでの自主建替え路線を変更して、デベロッパーを選定して、現時点で可能な方法で建替えを実施することにしました。つまり、全員合意を目標とするが、それが困難な場合には、区分所有法62条の「建替え決議」による建替えを目指すという方向に方針を転換したわけです。
 敷地も現在の敷地で、建物の一部保存もあきらめるという方向になりました。平成13年5月に、デベロッパーとして旭化成が正式に承認され、その後、旭化成と組合理事会メンバーなどの努力により平成14年3月に建替え決議が成立し、平成15年7月に建物の取り壊しに着手したわけです。
 この江戸川アパートの事例の教訓としては、まず、建替え決議という法的な仕組みを、私を含め、誰も十分に理解していなかったということです。当時、大手の設計事務所がコンサルで入っており、詳細な図面を描いて予算を作っていましたが、組合に対して建替え決議のきちんとした説明を一度もしていなかった、というか、おそらくわからなかったのだと思います。マンション建替えのキーポイントは、権利変換などの手続きではなく、建替え決議にいたるまでの合意形成なのです。それにはまず、建替え決議の仕組みを本当に理解しておく必要があります。

■合意形成のキーポイント
 次に、合意形成のキーポイントですが、一つは建替えの条件が明確なことです。つまり自分のいま持っている権利が、建替え後に、どういう権利になるかということが明確だということが、合意形成の最低限の条件です。江戸川アパートメントの場合は、建替え前に10坪持っている方が負担なく取得できる建替え後の住戸面積は5.3坪です。つまり、平均還元率は53%です。ですから、4.7坪分は自分でお金を出さないと、同じ面積は確保できない。これはこれまでのマンション建替え事例の中でも、おそらく1,2を争うきびしい条件です。こんな厳しい条件で、なぜ、建替え決議ができたかといえば、これは、この条件がしっかりと担保されていたからです。江戸川アパートメントの場合は、信頼できるデベロッパーが、建替え条件についてきちんと約束できたことが、建替え決議が成立する上で、きわめて大きかったと思います。また、同時に、建替えを主導した理事会に対して、組合員一人ひとりの信頼がとても厚く、理事会のメンバーもきわめて真剣に、週に何回も集まって色々な問題について話し合い、非常に建設的な理事会だった点も大きな要素です。そういう意味で、平均還元率53%という厳しい条件で建替えができたということは、きわめて意義深いことだと思います。


■ 麻布パインクレストの事例

 次に、麻布パインクレストの事例の話に移ります。これは、伊藤滋先生が総括責任者で、私は先生の下で実務面を担当しています。これが平成16年秋に完成しますが、おそらく、わが国で第一号の「建替え決議」による老朽化マンション建替え事例になると思います。

■暗唱に乗り上げていたパインクレスト
 このマンションは、隣地での市街地再開発事業に伴い、再開発地区計画の区域に入り、容積率アップが可能になったこともあって、7〜8年前から建替えの話が起こりました。当初は、隣地の再開発の事業者が、マンション建替えのデベロッパーになる方向で、大手設計事務所がコンサルタントに入り、一度、建替え決議をしました。しかし、その後、非賛成者に対する売渡請求などの法的な手続きが行われず、合意形成の見通しが立たないまま、そのデベロッパーとコンサルタントが引き上げ、建替えは完全な暗礁に乗り上げたのでした。この状況で、このマンションにお住まいの方から伊藤先生にご相談があって、伊藤先生が引き受けられ、その後、私も参画することになったわけです。具体的には、平成12年の夏から伊藤先生の下で区分所有者の勉強会を始めて、平成12年の末に建替え決議をしています。実は、建替え決議の内容は、前のコンサルタントが指導したときに決まっていたものを、そのまま踏襲しました。区分所有者一人一人が建替え後に取得する部屋の位置や建替えの条件も決まっていました。同じ階・同じ位置なら、負担なく同じ面積が貰えるという条件でした。しかし、その条件の根拠となったのは、マンション販売価格が坪当たり400万円台半ばであった平成6年か7年の頃に算出された数字であり、その数字の担保はどこにもなかったわけです。また、もともとの住戸面積の1.71倍までは原価で面積を増やしていいというルールもあり、2軒め3軒めを買うという予約をした区分所有者もおり、再建マンション71戸のうち、残された住戸は19戸でした。その状態では、デベロッパーがリスクを負って入ることは到底できないわけで、自主建替えしかできない状態でした。

■自主再建と問題の山
 そこで、伊藤先生は、上階の15戸を森ビルに保留床として買い取ってもらい、残った分4戸を自ら引き受けるという形で事業はスタートしました。現在、伊藤先生の引き受ける住戸は10戸に膨れ上がっていますが、これは、手を上げていた区分所有者が勝手にどんどん手を下ろしたためです。ですから自主建替えというのはよほどいい立地―ここは、六本木一丁目駅から徒歩1分の一等地です―で、伊藤滋級の実力と資力のあるコンサルタントが、責任を持って「まかせなさい」と言わない限り、できないのではないかと思います。これは大変なことです。
 ただ、この組合は一度建替え決議をしたまま放って置かれたことを踏まえて、非賛成者に対しては、組合として果敢に裁判をやりました。その結果和解して、1軒は買い取り、1軒は参加する形になりました。そのあとも取り壊しの時とか、色々な意見があったのですが、執行部ががんばってここまで来ました。すでに着工しており、来年秋には無事完成する予定です。自主再建としてはある意味で非常に恵まれた条件でやっていますが、それでもとんでもない問題が山ほどでるわけです。
 そのひとつは既存抵当権の付け替えです。六本木の例では合計十数億円の抵当権が付いていました。現状の住戸価格を越えていたり、正常債権ではないという認定を受けている人もいました。一年半かけて、それらを全て付け替えさせました。具体的には、工事を担当した大林組の子会社にデベロッパー役を引き受けてもらい、一旦土地を買い取ってもらって、出来上がったマンションを地権者が買い取る契約とし、土地売却代金の請求債権に質権設定するという形で処理しました。
 借家権の問題もありました。1軒だけ営業借家があり、これは、裁判で和解することにより決着をつけています。それ以外の居住用借家の方は全部話合いで解決しました。


■ 今後の課題

■初動期の費用負担への助成
 今後の課題ですが、第一に初動期の費用負担の問題です。原資をどうするかという問題もありますし、また、初期にあまりお金を掛けてしまうと合意自体が取れなくなるという難しい問題もあります。麻布パインクレストの例では、伊藤先生はいまだに組合から一円もお金を受け取っていません。全部伊藤先生の立替えです。こんなことは普通のコンサルにはとてもできません。例外中の例外です。円滑化法の認可以降はどうにでもなりますが、そこまで、とくに建替え決議までが大変で、組合に対してどんな助成が実施できるかが課題です。

■建替え決議の約束を誰が担保するか
 第二に、合意形成ですが、ポイントはやはり、建替え決議のときの約束を誰が担保するか、この一点です。とくに自主建替えのときに誰が担保するのか。これが担保できなければ合意形成はできません。だから、すこし規模の大きい建替えのときは、どうしてもデベロッパー的な存在が必要だろうと思います。デベロッパーが入れないような物件もこれから増えてきますから、そこは、公的セクターの関与を考えなければいけない問題だと思います。そういう意味では公団・公社が果たす役割というものがあるのではないかと思っています。

■全て弁護士と二人三脚が必要
 第三に、非賛成者への対応、たとえば、建替え決議時の非賛成者の説得とか売渡請求ですが、円滑化法では組合が当事者として対応できるということになっていますが、それで問題が解決するわけではなくて、多くは、裁判になることを覚悟しなければなりません。建替えというのは初めから終わりまで、全て弁護士さんと二人三脚が必要です。建築系・都市計画系のコンサルタントだけでやれるような代物ではありません。実は、訴訟を覚悟した事業の組み立てが必要だということが、デベロッパーを引き入れるのにいちばん大変な点になります。

■インセンティブが必要
 第四に、民間事業者の方が事業参画するためのインセンティブについてです。デベロッパーにとっては更地を取得してマンションを建てたほうが早いし楽だし儲かります。わざわざ何百人も説得して、裁判まで抱える事業をデベロッパーが積極的にやりたいと思うでしょうか?ですから、私は何らかのインセンティブが必要だと思います。

■借家権の扱い
 第五に、借家権の扱いですが、居住用借家というのは比較的代わりの物件を用意しやすいと思います。確かに80歳の方が30年住んでいたところを退いてもらうというのは大変なことなのですが、これこそ公的な住宅を何とか用意していただくというような形で解決がつかないのかと思います。円滑化法の権利変換で借家権が自動的に移行してしまうという形になると、借家を持っている区分所有者が追加負担を必要とする場合など、なかなか合意できないのではないかという点が非常に心配です。

■抵当権の問題と金融機関の同意
 第六に抵当権の問題、つまり金融機関の同意ですが、個別の債権債務の状況によっては、円滑化法の権利変換ですべて解決できるという考え方は危ないです。銀行から見ると区分所有者への融資が正常債権ではないというケースもあり、パインクレストの例では銀行と返済条件の変更の交渉までやりました。とにかく、権利者が途中で破綻したらどうなるかという問題は、権利変換でも解決は難しいと思います。


■ 公的セクターの協力を

 色々と問題はありますが、老朽化マンションの問題は、放っておきますとまず間違いなく第2の木造密集になってしまいます。客観的に見れば、なんらかのインセンティブがないと民間事業者の参画は困難なので、こういう制度をぜひ考えていただきたいと思います。とくに、自主建替えというのは、お金を出し合って集合住宅を造っていくというコーポラティブに近い面がありまして、とにかく、コンサルタントは非常に大変です。普通はできない。伊藤先生がいたから私もやっていますが、事業の担保は本来はコンサルタントの仕事の範囲外です。しかし、それも覚悟しないと自主建替えはできないというのが実態です。
 円滑化法の利用というのは建替え決議後の手続き論なので、本質的な問題ではないと思っています。本質的な話は、区分所有者間の合意形成と、非賛成者、関係権利者にどう対応するか。関係権利者というのは借家権利者とか金融機関、債権者ですが、それに対する説得。それから事業の担保。どうやって数字を守っていくのか。そして区分所有間の公平―これがけっこう大変です。ある意味で、全員平等だから再開発より難しいのです。
 また、建替えだけで全部の問題解決はできませんから、大規模修繕をしていく、それも悪くなったところを直しましょうというのではなく、より魅力的なものにしていくという知恵も必要でしょう。そういう大規模修繕を考えていく必要があると思います。
 マンション建替えに取り組むには、組合もデベロッパーもコンサルタントも覚悟が必要です。腰を据えてやらないと大変な仕事です。これには、ぜひ公的なセクターの方々のご協力が必要だと思います。今後、よりよい建替えの仕組みを考えていただきたいし、私も機会があれば提言していきたいと思います。今日はありがとうございました。

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